この度は「北勝富士引退 大山襲名披露大相撲」にご来場いただき、誠にありがとうございました。
おかげさまで、多くの皆様に見守られる中、無事に興行を終えることができました。
力士として歩んだ日々を振り返りますと、土俵の上で戦い続けることができたのは、いつも応援してくださったファンの皆様、支えてくださった関係者の皆様、そして家族や仲間の存在があったからこそです。
断髪式では、全国各地から多くの皆様にご来場いただき、一人ひとりの想いが込められた鋏を入れていただきました。その温かいお気持ちに、心より感謝申し上げます。
また本興行の開催にあたり、ご協賛いただいた企業・団体の皆様、ご協力いただいた関係者の皆様にも厚く御礼申し上げます。
これからは大山親方として、新しい立場で相撲界の発展と後進の育成に努めてまいります。相撲という日本の素晴らしい伝統文化を未来へつないでいけるよう、一歩一歩精進してまいりますので、今後とも変わらぬご指導、ご声援を賜りますようお願い申し上げます。
皆様とのご縁に感謝し、御礼のご挨拶とさせていただきます。
令和8年5月吉日
大山大輝(元 北勝富士)
北勝富士引退 大山襲名披露大相撲事務局
この度、北勝富士引退 大山襲名披露大相撲のにて、大山親方の「国内外のこれからの未来を担う子供達に相撲という日本の伝統文化に触れて欲しい!」という想いから始まり、母校の在校生をはじめ、「福祉席」「ご招待席」として1500席以上を設置することができました。この実現にあたり、多くのご支援とご協力を賜りましたこと、心より御礼申し上げます。
招待席は、ただ席を用意すれば実現できるものではなく、そこには募集・配布・調整など、多くの時間と労力が必要となります。
今回、福祉席としてチケットをご購入いただいた協賛企業様をはじめ、この取り組みの実現に向けてご尽力いただいた運営企業、団体の皆様、多くの関係者の皆様のお力添えにより、こうしてご招待席を設置することができました。
皆様の温かいご支援とご協力に、心より感謝申し上げます。
誠にありがとうございました。
中学2年生の後半で「入間少年相撲クラブ」から東京都立川市にある「立川練成館」に移籍。全国区の選手が多い場所でレベルの高い稽古を行い、中学3年生の時に、初の全国大会を制覇し、嬉しさのあまり過呼吸を起こすアクシデントがありました。
高校は相撲の名門「埼玉栄高校」へ進学し、高校2年生の時に右膝を大怪我してしまいましたが、監督、トレーナーと共に懸命な治療、リハビリを行い、高校3年生の時に悲願の「高校横綱」の称号を獲得しました。また世界ジュニア選手権でも優勝し「高校世界一」にも輝きました。
大学は「日本体育大学」で鍛錬を重ね、2年生の時に「学生横綱」に輝きました。学生時代は数々のタイトルを手にしながら、更には2年連続幕下付出の資格もありましたが、仲間と切磋琢磨してインカレ団体優勝をしたい気持ちが強く、また大学まで通わせてもらった両親に申し訳ないという思いがあり卒業まで在学する道を選びました。勝ち負けを超えた友情を育んだ日々でもありました。勉学にも真摯に取り組み、中高の教員免許も取得しました。
北勝富士は学生相撲で輝かしい実績を残し、幕下付け出しの資格を得ていました。
しかし「相撲をここまで続けさせてくれたのは両親のおかげ」という強い感謝の気持ちから、その特権をやめ、あえて前相撲からの出発を選びました。この決断には、家族への敬意、そして力士として一から積み上げたいという覚悟が込められています。
2015年、八角部屋に入門し、当初は大輝で初土俵を迎え、幕内昇進を機に「北勝富士」に四股名を変えると、持ち前の豪快な突き押しと真摯な姿勢で頭角を現しました。土俵に立つ彼の姿からは、家族への感謝と初心を忘れない強い意志が常に感じられ、常に一生懸命という姿勢が多くのファンの胸を打ちました。
豪快な突き押しを武器に土俵を駆け抜けた北勝富士は、序盤から快進撃を続け、2017年には新入幕からわずか5場所で初金星。それから4場所違う横綱から金星をあげる。その記録は初めての記録です。
横綱・大関を相手に堂々と立ち向かい、数々の金星を挙げて土俵を沸かせました。そして首、膝の怪我と向き合いながら精進を重ね、2019年三月場所で小結に昇進。
彼が大切にしていたのは「相撲は神事である」という意識です。土俵に一礼し、勝敗に関わらず礼を尽くす姿は、相撲の伝統と精神を体現していました。勝っても負けても必ず深々と礼をする。
感謝の心で土俵に立ち続けた姿勢は、多くのファンの胸を打ちました。怪我や苦境を乗り越えながら挑み続けたその姿は、単なる勝負を超えた「魂の相撲」として今も語り継がれています。